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古き良き時代の姿と内戦の歴史が残る、ノスタルジック台湾の金門島

2021 1/21
目次

金門島(大金門島)とは

風獅爺(撮影:ユーラシア旅行社)

金門島(大金門島)とは、周辺にある大小12の島々をあわせた総面積150㎢の群島の中心となる島。1995年に設立された金門島国立公園が島の4分の1を占め、冬の時期になると海岸に2~3000羽もの雁や鴨が飛来し、島の水辺にはシラサギ、カモメ、シギ、クイナ、ペリカン、カワセミ、カササギ、鵜、雉、モズなどが生息しています。原生林や灌木の茂みも保たれています。
火山活動によってできた島ですが、山がなく平坦な地形ゆえに、川がなく天然資源も乏しい島。そのため、島のあちらこちらに湖や貯水池があり、土壌は花崗岩が多くを占め、農業に適さない土地ですが、コーリャン(モロコシの一種)、ピーナツ、さつまいもが栽培され、金門島の名物グルメや名菓の材料につかわれています。

また、1946年から開始された第二次国共内戦(蒋介石率いる中華民国・国民政府 VS 毛沢東率いる中国共産党、中国人民解放軍)において、年月を経るごとに中国北部から南部へと戦場が移り、国民政府側の最後に残った中国南部の拠点もすべて陥落させられると、国民政府(蒋介石)は台湾へ拠点を移動し、台北を首都とし1949年10月1日の中華人民共和国が成立。その後、金門島(大金門島、小金門島)・馬祖島は台湾防衛最前線として1979年1月1日の停戦まで、中国本土との間で定期的に砲撃戦が続きました。

金門島(大金門島)はどこ?アクセスは?

金門島は、台湾の台北から西に約318㎞、中国本土の厦門から南に最少約2.1㎞、厦門五通埠頭からは約10㎞の距離にあります。

日本から金門島へのアクセスは、台湾経由もしくは中国本土経由があります。
台湾経由の場合:台北松山国際空港または高雄国際空港で国内線に乗り換え、金門尚義空港へ向かいます。
*台湾から向かう場合は、主要都市空港(台北松山空港、高雄国際空港、台中空港、嘉義空港、台南空港)から、それぞれ約1時間の飛行時間で行くことができます。
中国本土経由の場合:中国の厦門(アモイ)または泉州まで空路で移動。厦門の五通埠頭(港)から金門島の水頭碼頭(港)までフェリーで約40分もしくは泉州の石井埠頭からはフェリーで約70分で向かうことができます。しかし泉州晋江国際空港から石井埠頭までは車で約45分かかるので、中国本土経由では前者の厦門なら、厦門高崎国際空港から五通埠頭(港)まで車で約15分と近く、フェリー乗船時間も泉州より短いのでおすすめです。

金門島(大金門島)の見どころ10選

翟山(テキザン)坑道

1961年に上陸用戦艦の発着基地としてダイナマイトと手彫り作業で造られた坑道。内部はA字型で、片方は途中で二股に分かれ、出入り口が三か所あります。内戦時は、住民すらも坑道の存在を知らなかった秘密基地。現在では、一般に公開され、見学しやすいように遊歩道が設けられ歩いて見学が可能。冒険気分になる内部空間は必見です。

古寧頭戦史館

金門島においての国共内戦(国民党VS共産党)のひとつ、1949年の「古寧頭の戦い」について展示する資料館。水際殲滅作戦による蒋介石にとって唯一の戦勝をおさめた戦いです。激戦地だった海岸が、資料館の裏に広がっていますので、資料館見学だけではなく裏からの海も忘れずに眺めましょう。

八二三戦史館

1958年8月23日から10月5日にかけて、中国側(中国人民解放軍/共軍)が金門島と小金門にむけ砲撃をしたことにより始まった「八二三砲戦」の資料館。この戦いで、約47万発の砲弾が金門島と小金門にむけ撃ち込まれました。この砲戦は、その後もなんと1979年まで定期的に続き、金門砲戦とも呼ばれ、1979年の停戦以後は武力衝突が起きていないことから国共内戦最後の戦闘行為でもあります。この約21年間に及ぶ砲戦で撃ち込まれた砲弾が今日の金門包丁の材料として使われています。

北山古洋楼

生々しい砲弾の跡などが残る(撮影:ユーラシア旅行社)

国民党VS共産党との国共内戦時に当たった砲弾や銃弾の生々しい弾痕が残る建物。当時の戦闘のすさまじさを伝えるため、そして後世への平和のために残された建物です。

水頭集落

黄氏酉堂の前には、日月池(撮影:ユーラシア旅行社)

インドネシアから出稼ぎで戻ってきた、この村出身の黄氏によって1766年建造の国家二級古跡指定「黄氏酉堂」と高さ4mの見張り塔「得月楼」、マレーシアに出稼ぎにいった村人が戻ってきたときに稼いだお金を使って建てた1930年建造の「金水国民小学校」が残っています。伝統的な閩南(ミンナン)式(福建式)の建物や洋風の建物、洋風+中華風がミックスした建物が見ることができます。

見張り塔「得月楼」(撮影:ユーラシア旅行社)

珠山集落

四方から水が流れ込み、水が絶えないことが風水的に良い場所であることから、1345年に村がつくられました。「大道宮」という廟には、医者の神・保生大帝が祀られています。

馬山観測所

金門島の最北端(島の北東)に位置し、対岸の大燈、小燈、大伯、角嶼、小伯島との距離は、たったの2㎞。金門島で最も中国大陸に近い場所ゆえ国共内戦時に、対岸を観察する軍事要衝でした。入り口から地下行動を歩いていくと、観測所へと到着します。

環保公園

環保公園の風獅爺(撮影:ユーラシア旅行社)

環保公園とは、環境保護局が管轄する公園。ここには金門島のあちこちから集められた大小も姿かたちも様々な風獅爺(フーシーエ)を、なんと64体を一気に見ることができます!ゆっくり園内を散策して、お気に入りの風獅爺(フーシーエ)を見つけてみてください。

風獅爺(フーシーエ)とは、金門島における守り神様のような信仰対象となる石造です。季節風が強い金門島では、風獅爺に風を鎮めてくれるよう祈願したり、邪気や悪霊を祓ってくれることから集落の入り口や玄関先に置かれたりします。

金門包丁工房

砲弾を溶かして、包丁や農具へと作り変えています(撮影:ユーラシア旅行社)

1958年の八二三砲戦から始まった金門砲戦。1979年の停戦までに撃ち込まれた砲弾を再利用して包丁やアーミーナイフなどを作り、お土産として販売しています。1砲弾で、約60本の包丁を作ることができます。
1937年創立の金合利鋼刀工場では、包丁づくりの行程を見学することができます。

金門包丁(撮影:ユーラシア旅行社)

刃物の購入、日本への持ち帰りに関しては、日本の銃刀法違反にならないよう注意が必要です。
下記は、所持禁止対象になります。
1)刃渡り15cm以上の刀、剣、やり、なぎなた
2)あいくち(つばのない短刀)
3)飛び出しナイフ

小金門島(烈嶼)の見どころ4選

金門島の西に位置する小金門島(正式名:烈嶼)へは、金門島の水頭碼頭からフェリーで約10分で小金門島の九宮碼頭へ到着します。

八達楼子

1933年日本軍と中国軍が戦った万里の長城に設けられた古北口八達楼子(要害)戦役を死守するために戦死した7人の兵士を記念して、近くに駐屯していた長城部隊が1966年に造りました。

湖井頭戦史館

厦門を監視するための軍事基地が、現在博物館になっています。特殊部隊の訓練映像や軍機、砲弾、武器などを見ることができます。

戦史館から、海を挟んだ対岸の厦門が見えます(撮影:ユーラシア旅行社)

上林海灘

国共内戦時に設置された軌條砦(撮影:ユーラシア旅行社)

共産党軍の船が島に接岸しないよう、敵兵の上陸を阻止する目的で、レールの先端を鋭く斜め切りにしたものを海の中に埋め込んだ軌條砦(鉄柵)が無数に残る場所。現在では、この辺りは牡蠣の養殖所になっています。

上林海灘で取れた牡蠣(撮影:ユーラシア旅行社)

九宮坑道

九宮碼頭フェリー発着所の近くにある坑道で、かつてはここが海に出る船の発着所だった。国共内戦時は、野戦病院として使われていました。

金門島のオススメグルメ

金門島には、そうめんに似た細麺の「金門麺線」が有名。これに金門島で捕れる小粒の牡蠣がはいった『蚵仔麺線』を注文すれば金門名物グルメをいっぺんに2種類の味を楽しむことができるのでお勧めです。

金門グルメ牡蠣ソーメン(撮影:ユーラシア旅行社)

自然のなかでのびのびと飼われ、さらに金門島の特産である高粱の酒粕を餌にしている金門牛を「黄牛」といい、ブランド牛として知られています。金門島に来たなら黄牛がはいった牛肉麺や牛肉湯(スープ)は、食べずには帰れません!

金門島の黄牛肉を使用した料理は絶品!(撮影:ユーラシア旅行社)

金門島で生産されるピーナッツや落花生を粉状に砕いたものに麦芽糖をくわえ固めたお菓子『貢糖』はお土産として最適。もちろん、炒ったピーナツそのままも美味しいので、おやつにぽりぽり食べるのもオススメ。

金門島はピーナッツの産地(撮影:ユーラシア旅行社)

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