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歴史とロマンの宝が埋もれる、タクラマカン砂漠(中国)

2021 4/30
目次

タクラマカン砂漠とは?

「死の砂漠」と恐れられたタクラマカン砂漠(撮影:ユーラシア旅行社)

中央アジアのタリム盆地に広がるタクラマカン砂漠は、中華人民共和国の西に位置する新疆ウイグル自治区に属しています。北は天山山脈、西はパミール高原、南は崑崙山脈、東はゴビ砂漠に囲まれ、東西約100km、南北約400km、面積約324,000㎢と言われていますが、砂漠の境界は明確になっていないため、専門家によって数値は大きく異なります。その大部分が砂丘に覆われており、砂砂漠としては世界最大級。
砂漠の中央を東西方向に横断することは大変困難なため、かつてのシルクロードもタクラマカン砂漠を迂回するように、天山山脈の南側と砂漠北部との間にあるオアシスを経由する天山南路と砂漠南部のオアシスを経由する西域南道とに分岐していました。

タクラマカン砂漠の場所とアクセス

タクラマカン砂漠への最寄りとなる大都市は、中国・新疆ウイグル自治区の首府であるウルムチ(烏魯木齊市)。日本からウルムチまでの空路移動は、さまざまな経路で行くことができます。中国の北京や上海、武漢で乗り継ぎ、韓国のインチョン乗り継ぎでウルムチへ。
ウルムチ到着後、タクラマカン砂漠までは、車で約7時間の移動が必要となります。

隊商ロマン古道シルクロード~砂漠の迂回路

手つかずの大自然が残る『天山北路』と西域仏教の痕跡残る『天山南路』

天山山脈と羊(撮影:ユーラシア旅行社)

中央アジアと中国にまたがる全長約2,500㎞の天山山脈の北西、カザフスタン国境に近い伊寧(いり)から東へウルムチ、トルファンを経由し、哈密(ハミ)までを結ぶ『天山北路』。かつて氷河が削った谷や天山山脈から流れた雪解け水によって生み出された大草原や湖といった、壮大な景色が広がっています。そして、タクラマカン砂漠の西端に位置するオアシス都市カシュガルから天山山脈の南麓と砂漠の北との間を北東に進み、トルファン、哈密(ハミ)を経由し、北東の敦煌までを結ぶ『天山南路』。カシュガルとトルファンの間に、庫車(クチャ)という街がありますが、ここは古くからのオアシス都市であり西域仏教国で、5世紀の頃、多くの仏典を漢訳した鳩摩羅什(くまらじゅう)の生誕地である亀茲(キジ)国でした。この周辺に点在する仏教石窟(キジル千仏洞や莫高窟など)とそれらに残る西域仏教美術は、ここを訪れて見ずには帰れない必見箇所です。7世紀、唐からインドを目指した三蔵法師(玄奘三蔵)も、天山南路と天山北路を経由していきました。

砂に埋もれた遺跡ロマン街道『西域南道』

ノスタルジックを感じさせるホータン(撮影:ユーラシア旅行社)

タクラマカン砂漠の西端に位置するオアシス都市カシュガルから、崑崙山脈の北麓とタクラマカン砂漠の南との間を東へ進み、ホータンやニヤ、米蘭(ミーラン)を経由、敦煌までを結ぶ『西域南道』。このルートは、三蔵法師(玄奘三蔵)がインドから唐へ戻る際に通りました。このルート沿いにあるホータンは、かつて大乗仏教の中心地にもなったホータン王国(于闐国)でした。
19~20世紀にかけ、幻の楼蘭都城跡を発見したスウェーデンの探検家スヴェン・ヘディンや砂に埋もれたホータン周辺の古城都市を発掘したオーレル・スタイン、大谷探検隊の調査で、貴重な遺跡や資料が数多く発見されたため、注目を浴びました。そのため、西域南道は「遺跡街道」とも呼ばれています。

タクラマカン砂漠周辺のおすすめ観光

死の砂漠を大縦断!タクラマカン砂漠公路

タクラマカン砂漠公路の碑(撮影:ユーラシア旅行社)

「死の砂漠」といわれたタクラマカン砂漠でしたが、現代では油田開発のために造られた砂漠を縦断する全長424.7㎞のタクラマカン砂漠公路が走っています。タクラマカン砂漠公路の北の入り口は、ウルムチの南西約540㎞(車で約7時間)の輪台(ブグル)、南の入り口は、ホータンから東に約300㎞(車で約5時間)の場所にある西域南道沿いのニヤです。

タクラマカン砂漠公路の道脇には、砂丘が道路の上に来ないように乾燥葦のフェンスなどがあります。移動中、見渡す限りの砂漠景色が続きますが、はるか昔の人たちが決して見ることができなかった世界をお楽しみください。

パミール高原とカラクリ湖(天山北路)

世界の屋根は、言葉にできない青でした(撮影:ユーラシア旅行社)

パミールとは、ペルシャ語で「世界の屋根」を意味します。西アジア最東端のヒンドゥークシュ山脈の付近にある平均標高約5000mの高原で、タジキスタン、アフガニスタン、中国にまたがっています。中国では葱嶺(そうれい)と呼ばれていました。パミール高原の南東にはカラコルム山脈とヒマラヤ山脈、南西にはヒンズークシュ山脈とスライマーン山脈、東には崑崙(クンルン)山脈、北東に天山(テンシャン)山脈、北西にトルキスタン山脈があります。タクラマカン砂漠近くを通るシルクロードはこの高原を越えて東西を結んでいました。

壮大な自然を目の前に(撮影:ユーラシア旅行社)

このパミール高原にたたずむ標高3,600m地点にあるカラクリ湖から眺める7,000m級の山々と真っ青な湖の景色を見たときの感動は、忘れられない旅の思い出になることでしょう。カラクリ湖までは、カシュガルから日帰りで行くことができます。

キジル千仏洞(天山南路)

キジル千仏洞(撮影:ユーラシア旅行社)

キジル千仏洞とは、庫車(クチャ)の西、車で約1時間30分のムザルト川北側の岩壁に4~9世紀に築かれた石窟群で、敦煌・龍門・雲崗と並ぶ中国四大石窟のひとつに挙げられます。239もの石窟が見つかっていますが、すべてを見ることはできず、観光ができる窟は限られています。石窟内部には、壁を埋め尽くすかのような美しい壁画が残されています。残念ながら、最初の発掘などで一部の壁画は剥がされなくなってしまったところもありますが、観光で見ることができる窟では、美しい壁画を見ることができます。

マリクワト古城遺跡(西域南道)

ホータン郊外南25㎞の場所にある、紀元前230年~紀元後1300年、良質な玉の産地であった于闐(ウテン)国の古城跡。遺跡は日干しレンガで建てられており、ここには夏の離宮があったと考えられ、そのほか伽藍跡と思われる建物が発掘されました。仏教文化の中心地といわれるほどの繁栄した時代もありましたが、異民族の侵入、支配で仏教国としての繁栄は終わりを迎えました。

ラワク遺跡(西域南道)

ホータンから北へ50㎞ほどの場所に、仏教寺院跡が残るラワク遺跡があります。ラワクとはウイグル語で「高い寺」を意味します。後漢(1~3世紀初)のころの仏塔とそれを囲む方形の壁を見ることができます。仏塔はかつて20m近い大きな建造物だったと言われています。また、イギリスのオーレル・スタインによって発掘調査されたとき、壇壁面はガンダーラ様式の彫塑像で飾られていたと言われていますが、現在は発掘後に埋め戻されている状況です。

香妃の墓(カシュガル)

16世紀末に新疆へイスラム教を広め、カシュガル一帯を統治した指導者アパク・ホージャが造った一族の墓。香妃はアパク・ホージャの曾孫にあたり、体から自然と芳しい香りが出てくる美女だったと言い伝えられている女性で、13歳の時に清朝皇帝の乾隆帝に嫁ぎ、北京へ行きましたが38歳の時に自らの命を絶ってしまいました。ここの見どころは、建物外観の美しいタイル装飾と可愛らしい内部。その美しさは、乾燥した地域において見た人の目を潤してくれることでしょう。

内部の色使いがとても可愛い!(撮影:ユーラシア旅行社)

手織りの伝統が引き継がれているアトラスシルク工房(ホータン)

ホータン伝統の技を目の前で(撮影:ユーラシア旅行社)

かつてホータンは、シルク生産の要衝地であり、アトラスとは、「絹を結束する」「染色する」という意味。3,500本もの糸を使い、1日4~5m織ります。昔、絨毯は女性、絹織は男性の仕事でした。製法は東方中国からもたらされました。現在も、機械に頼らず、昔ながらの製法で絹製品が作られています。ホータンの工房では、手と足を使った伝統の機織りを見学することができます。ホータン訪問の思い出に、スカーフなどの絹製品を購入していくのもおススメです。

シルクロードを列車でGO!南疆鉄道

シルクロードで鉄道乗車体験(撮影:ユーラシア旅行社)

新疆ウイグル自治区の南部を走る南疆鉄道。天山南路の主要観光地トルファン~コルラ~クチャ~カシュガルの約1446㎞を結ぶ路線なので、移動をかねての乗車体験がおススメ。鉄道で長距離移動をする場合、乗車時間が10~12時間を越えることもあるので、その場合は寝台車に乗車して車中泊移動をしてみましょう。車窓から見る景色は、いつまでも飽きることはありません。

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