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サンクトペテルブルクが誇る美の殿堂、エルミタージュ美術館(ロシア)

2021 6/24
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世界三大美術館のひとつ、エルミタージュ美術館とは?

ロシアの西端に位置するサンクト・ペテルブルクは、帝政ロシア時代の都として栄えました。1697年から18ヶ月にわたり、西ヨーロッパ諸国を自ら視察したロマノフ王朝のピョートル大帝は帰国後、ロシアの西欧化や近代化を推進していきバロック様式の建物が多く建てられました。
18世紀後半に女帝エカテリーナ2世が即位したことを機に、新古典主義の建築物として、また王宮として建造されたのがエルミタージュです。現在は美術館本館になっている冬の宮殿(冬宮)をはじめ、3つの離宮(小エルミタージュ、旧エルミタージュ、新エルミタージュ)とエルミタージュ劇場によって構成されています。美術館として一般公開を始めたのは1852年ですが、美術品コレクションの歴史はそれよりも古く、1764年まで遡ります。ベルリンの実業家ヨハン・ゴツコフスキーより、225点もの絵画をエカテリーナ2世が購入したことから始まり、その後30年の歳月をかけてレンブラントの『ダナエ』やラファエロの『聖家族』などの名作をはじめ、数々の美術品が収集されていきました。これにより、美術品の展示及び保管の場として建設されたのが小エルミタージュです。1917年のロシア革命によってロマノフ王朝が終焉を迎えると国立博物館となり、1990年に『サンクト・ペテルブルグ歴史地区と関連建造物群』の一部として、建物自体がユネスコの世界文化遺産に登録されました。展示室数は1500以上。すべてを見て回ると20kmを超える移動距離になると言われています。

レンブラントの『ダナエ』

エルミタージュ美術館への行き方、アクセス

ロシア北西部のサンクト・ペテルブルクは、バルト海東部のフィンランド湾へ注ぐネヴァ川河口に位置し、レニングラード州の州都。日本からサンクトペテルブルクへの直行便は就航していないため、ロシアの首都モスクワ(約10時間)やフィンランドの首都ヘルシンキ(約10時間)、またはヨーロッパ各都市で乗継ぐ必要があります。日本からの飛行時間と乗継ぎ時間などをあわせると、約13時間~15時間かかります。
※航空機の運航スケジュールは、各航空会社のホームページをご確認ください。
サンクト・ペテルブルクのプルコヴォ空港から中心部までは約17km。市内中心までの移動手段は、路線バスやタクシー(一般または乗り合い)のみで、移動時間は約20~30分ですが、サンクトペテルブルクの中心部は交通渋滞が多いので、目的地によっては、さらに時間を要します。サンクトペテルブルク市内から移動する場合は、地下鉄5号線アドミラルチェイスカヤ駅から徒歩5分、または地下鉄2号線ネフスキー・プロスペクト駅から徒歩10分で到着します。

「冬の宮殿」の建築美にふれる

装飾美が降り注ぐ、豪華絢爛「冬の宮殿」

1812年祖国戦争の画廊
紋章の間(撮影:ユーラシア旅行社)

「冬の宮殿」は、エルミタージュ美術館本館として、錚々たる美術品が展示されていますが、その華麗なる宮殿内装飾も最大の見どころ。正面玄関から入るとラストレッリが設計し、多くの外国使節を迎えた「大使の階段(ヨルダン階段)」が目に飛び込んできます。花崗岩の円柱や鏡を多用した窓など、ロシア・バロックスタイルの極致とも言える装飾は、彫刻や絵画以上に見る人を惹きつけます。その階段を上り進んでいくと、モンフェラン設計の「ピョートル大帝(小王座)の間」、さらにスターソフが設計した「紋章の間」、ロッシ設計の「1812年祖国戦争の画廊」が続きます。ナポレオン戦争で英雄となったクトゥーゾフ総司令官を中心に、戦闘に参加した300人の将軍たちの肖像画がずらりと掲げられる通路に圧倒されます。グリザイユ(灰色の濃淡・明暗のみで描く画法)で装飾されたドーム型の天井や、2か所ある天窓から指す自然光が朱色の壁にあたる空間にいると、厳粛な気持ちにさせられます。

ヨルダン階段(撮影:ユーラシア旅行社)

続いて皇帝一家が主に住居としていた冬宮の西側エリアに足を運んでみましょう。ここは1837年に火災が生じましたが、建築家アレクサンドル・ブリュロフらの手によって改築されました。まず、アレクサンドル・クラソフスキー設計のロココ調で統一された「小食堂(白い食堂)」へ。その隣には、ブリョロフが設計した「孔雀石の間」が目に飛び込んできます。ここは、ロシア中部のウラル地方で採掘された、貴重な孔雀石(マラカイト)が豊富に使われた応接室。廊下の先にあるクラソフスキー設計による「ニコライ2世の書斎」にある白い暖炉はブレーメン産の砂岩でできていて目をひきます。そして長い通路を進んだ先には、冬宮で最も美しい部屋の一つと称される「黄金の客間」にたどり着きます。ブリュロフが設計し、シュタケンシュナイダーがさらに手を加え、壁や扉に金箔が施された豪華絢爛な内装は思わず息を飲む美しさ。エルミタージュの映えスポット第1位といっても過言ではなく、訪れる者を魅了すること必至です。

ピョートル大帝の間

外観からも放たれる帝政ロシアの威光「冬の宮殿」

エヴァ川対岸から望む冬の宮殿(撮影:ユーラシア旅行社)

冬宮を外から堪能してみましょう。冬宮はイタリア出身の建築家であるバルトロメオ・フランチェスコ・ラストレッリ(1700~1771年)によって建設されました。彼はスモーリヌイ聖堂や「琥珀の間」で名高い離宮エカテリーナ宮殿、そしてストロガノフ宮殿や豪壮華麗な噴水で知られる、ペトロドヴォレツ(ペテルゴフの夏宮殿)なども手掛けていて、まさにロシア・バロック様式を世に知らしめた立役者と言えます。
宮殿は細長い長方形をなしていて、正面の建物の横幅は215メートルもあり、高さは30メートルあります。内装は1,886個のドア、1,945の窓、1,500の部屋と117の階段をそなえています。 1837年の大火の後宮殿を再建するにあたり、外観は変えず内装の大部分は様々なスタイルで再設計され、宮殿は「ロココ様式に触発された19世紀の宮殿」と表現されました。鮮やかな水色の外壁は1947年に塗り替えられたもので、建設当初は薄い黄色や赤茶色だったこともありました。宮殿広場に面した建物の正面に立ってみると、壁面を白、水色、金色で塗り分け、付け柱や凝った意匠の窓枠、屋根の彫像などどれも特徴的です。ネヴァ川を遊覧するクルーズ船に乗車すれば、建物全体を一望することができ、宮殿のまた違った魅力を感じられるかもしれません。

宮殿広場

アレクサンドルの円柱が建つ宮殿広場(撮影:ユーラシア旅行社)

冬宮前にある宮殿広場は、モスクワの赤の広場とともにロシア史に欠かせない重要な場所です。サンクト・ペテルブルクの中心街に位置し、1917年の十月革命の一端や、1953年に行われたスターリンの哀悼大集会などの歴史的事件が起きたところでもあります。広場の中央にはアレクサンドルの円柱がそびえ立ち存在感を放っています。これは1834年にナポレオン戦争の勝利を記念してイサク聖堂を建設したオーギュスト・モンフェランにより建てられました。高さは47.5メートル、直径約4メートル、重さは650トンほどにもなり、広場のシンボルとして市民を見守っています。冬宮の反対側には1827年に旧参謀本部が建てられ、現在の広場の姿となりました。白夜の夏やロシアの祝日になると、ロックコンサートが開催され、クリスマスの時期になると巨大なツリーも飾られ非常に賑わいます。また、夕方になると宮殿がライトアップされとても幻想的な風景が楽しめるので、夜のお散歩コースに入れてみるのもおすすめです。

「東洋美術」コレクションも見逃せない!

敦煌の壁画(撮影:ユーラシア旅行社)

エルミタージュ美術館は、約1万点もの東洋美術のコレクションを所蔵していますが、その一部を冬宮の3階部分に展示しています。膨大な東洋美術コレクションのなかでも貴重な中国・敦煌の壁画と敦煌文献(1900年に莫高窟から発見された唐時代以前の資料としても非常に貴重な文書群の総称)は必見!その他にも、2~3世紀頃のガンダーラ美術の仏像、1224年頃の元時代につくられた最古のモンゴル語資料として知られる石碑、さらには日本の甲冑や刀なども見ることができます。

色調異なる旧参謀本部「新館」

新館エントランス(撮影:ユーラシア旅行社)

王宮広場をはさんで、冬宮の向かい側に立つエルミタージュ美術館新館。1827年にカルル・ロッシによって建てられたアンピール様式の建物は半円形の形状をしていて、旧参謀本部として使われてきました。現在、正面中央にあるアーチ型の通路より左側が美術館として使用され、右側にある帝政時代の旧財務省や旧海軍省の各省庁として使われていた部屋も復元され、公開されています。2014年12月に改修工事を終え開館した新館には、かつて冬宮の3階にあったピカソや印象派などの近現代美術が移動され新館4階に展示されています。
カール・ファベルジェの数多ある宝飾品ギャラリーで絶対見るべき作品は、1902年にロスチャイルド家のために作られた「インペリアル・イースターエッグ」と双頭の鷲があしらわれた「アレクサンドル3世の結婚25周年記念時計」はお見逃しなく!

旧参謀本部を改装した新館(撮影:ユーラシア旅行社)

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