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かつてのシルクロードのオアシス都市、タシケント(ウズベキスタン)

2021 4/30
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タシケントとは

ティムールの銅像(撮影:ユーラシア旅行社)

ウズベキスタン共和国の首都タシケントは、約260万人の人口を擁し、新市街には高層ビルがそびえたつ中央アジア最大の都市です。多くの国内航空便や鉄道が発着し、国内の地方都市とを結んでいます。中央アジアで最初に運行した地下鉄も走っています。
今では想像もつきませんが、シルクロードのオアシス都市としての歴史は古く、約2000年前に「チャチ」という名で記録に現れた後、11世紀頃からトルコ語で石の町を意味する「タシケント」と呼ばれるようになり、シルクロードの中継点として繁栄しました。中世の頃にモンゴル軍に破壊されましたが、後にティムール帝国により再興。しかし1865年になると、帝政ロシアによる支配が開始され、ロシア人の入植が進むとともに、旧市街は整然と区画された町並みへと変わっていきました。1966年の大地震で街は壊滅的な打撃を受けましたが、これを機にソ連各地から大勢の労働者が投入され、全く新しい近代的な都市へと再度生まれ変わりました。

タシケントへのアクセスは?

ウズベキスタンの首都タシケントにあるイスラム・カリモフ・タシケント国際空港が空の玄関口です。日本からはウズベキスタン航空が直行便で飛んでいます。ほかに、乗継ぎが必要となりますが、アシアナ航空と大韓航空(ソウル経由)、アエロフロート・ロシア航空(モスクワ経由)などでも行くことができます。直行便とソウル経由の場合、飛行時間にして計8~9時間でウズベキスタンの地を踏むことができます。
※現在、コロナの影響で運行スケジュール・運行本数が流動的です。ここではコロナ以前の運行パターンのご案内となります。

タシケントのおすすめ観光7選

アミール・ティムール広場

アミールティムール広場(写真提供:Goldenroadtravel)

道も区画も広い新市街の中心に、アミール・ティムール広場があります。1882年にロシア帝国下だったとき、当時の2つの大通りの交差点にコンスタンティノフ広場という名称で建設されました。
広場の中心には、ティムール朝の建国者で、ウズベキスタンの英雄ティムールの騎馬姿の像がたっています。その像が手を伸ばす西側方向には、カフェや土産を売る露店が並ぶサイールゴフ通り(ブロードウェイ)が走っています。また、広場近くには、ティムールの功績をたたえるティムール博物館があります。緑豊かな広場は、地元の人の憩いの場になっており、多くの人が散歩や休憩に訪れます。

ナヴォイ劇場

アリシェル・ナヴォイ劇場(撮影:ユーラシア旅行社)

アミール・ティムール広場から徒歩約5分のところにある、1947年に完成した1500名を収容できる劇場。ビザンチン風の建築で、正面入り口の柱や天井をはじめ、内装においても豪華な装飾が施されています。
この劇場は、第二次世界大戦後ソ連軍に抑留された旧日本兵457名の強制労働により仕上げられましたが、建設における日本人の熱心な働きぶりは地元の人たちの注目を集めました。また、1966年にタシケントを襲った大地震の際には、多くの建物や家屋が崩壊し、街がほぼ全壊したにもかかわらず、ナヴォイ劇場は何ひとつ壊れることがなかったため、日本人の評価を一層高いものにしました。
そして、独立後に就任したカリモフ大統領により、劇場左側の外壁に新たにプレートが掲げられました。そこには、日本語をはじめ4か国語で「1945年から1946年にかけて極東から強制移送された数百名の日本国民が、このアリシェル・ナヴォイ劇場の建設に参加し、その完成に貢献した。」と書かれています。

ウズベキスタン歴史博物館

ウズベキスタン歴史博物館(撮影:ユーラシア旅行社)

中央アジア最古で、最大の博物館です。旧ソ連時代の1970年にレーニン誕生100周年を記念して、レーニン博物館として開館。独立後は、ウズベキスタンの歴史を紹介する博物館として模様替えされました。この博物館には、石器時代から現在まで、ウズベキスタンの通史の理解に役立つ25万点以上の展示品が収納されています。博物館は4階建てで、石器時代から独立後の21世紀までの歴史について、時代ごとに展示がされており、現在のウズベキスタンの産業に関する展示もあります。ハイライトのひとつは、テルメズ近郊のファヤズ・テペ遺跡から出土した1~2世紀ごろの三尊仏です。穏やかな表情が印象的で、ウズベキスタンで唯一の完全な形をした仏像遺跡でもあります。

タシケントの地下鉄

アリシェル・ナヴォイ駅(撮影:ユーラシア旅行社)

中央アジアで最初の地下鉄として1977年に開業。現在3路線が開通されており、庶民の生活の足として欠かせない存在となっています。旧ソ連時代、核シェルターの役割もかねて設計されたため、軍事関連施設とみなされ、長らく写真撮影が禁止されていましたが、2018年になりようやく解禁されました。
旧ソ連だった他国の地下鉄駅と同様に、各駅構内は芸術作品を思わせる様々な意匠が凝らされています。最も絢爛豪華なのが「アリシェル・ナヴォイ駅」でしょう。アーチ型の大理石の支柱とイスラム文様の天井ドーム、ホーム壁面の青のタイル画にイスラム宮殿を思わせます。一方、青の空間の中に、ガラスで装飾された緑の支柱が林立し、天文学者や宇宙飛行士などの石版肖像画が壁面に並ぶ「コスモナウトラル駅」は、その狙いのとおり、まるで宇宙にいるかのような気にさせられます。さらに、綿花をイメージしたタイル装飾が壁一面に続く「パフタコール駅」など、他の駅も、それぞれが個性的で、印象的な仕上がりになっています。

チョルスーバザール

チョルスーバザール(撮影:ユーラシア旅行社)

旧市街に位置し、地下鉄チョルス―駅を出てすぐの場所にあるのがチョルス―バザールです。オールドバザールとも呼ばれ、今も昔と変わらぬ賑わいを見せ、人々の熱気があふれています。青いドームの屋内バザールでは、ナッツ、香辛料、ドライフルーツ、乳製品、肉、米などが売られています。また、ドームの周りには白屋根のテントが広がり、野菜や果物が並んでいます。
おなかがすいたら、ドーム脇にあるアーケードの食堂で休憩し、地元料理のプロフ(ピラフ)やシャシリク(肉の串焼き)に舌鼓をうち、肉やじゃがいもが入った名物のサモサをほおばりながら買い物を続けられるのも楽しみの一つ。ウズベキスタングルメも楽しめるお勧めスポットです。

ハズラティ・イマーム・モスク

ハズラティイマームモスク(写真提供:Goldenroadtravel)

チョルス―バザールから北へ約2キロ、旧市街の住宅地ど真ん中に、タシケントを代表するメドレセ(神学校)やモスクが集まった、ハスティマム広場があります。かつて中央アジアのイスラムの本庁もおかれていたバラク・ハン・メドレセの向かいにあるのが、タシケントで最大規模といわれるハズラティ・イマーム・モスクです。金曜のモスクとも呼ばれ、地元の人たちの祈りの場になっています。サマルカンドブルーのドーム型の屋根と2基のミナレット、モザイク装飾が施された茶色のレンガ造りの建物が見事に調和し、落ち着いた雰囲気を醸しだしています。

日本人墓地

市の南西、ヤッカサライ通りに位置する公営墓地の一角、日本人抑留者共同墓地が整備されています。
ここには、第二次世界大戦後、極東からこの地へ連行され、強制労働のために亡くなった79名の日本人が埋葬されています。さらに、ウズベキスタン独立後の1995年にはウズベキスタン、日本の両国の協力により再整備され、日本人抑留者が埋葬されている、ウズベキスタン国内13か所すべての墓地の土がもちよられ、共同慰霊碑が設営されました。
木々に囲まれたやわらかな日差しの中、「永遠の平和と友好、不戦の誓いの碑」のモニュメントが、日本人抑留者の墓標とともに、今も静かにたたずんでいます。

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