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チョーサー『カンタベリー物語』ゆかりの古都カンタベリー観光(英国/イギリス)

2023 1/18
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カンタベリー(英国/イギリス)とは?

カンタベリーの街角にて(撮影:ユーラシア旅行社)

カンタベリーは、英国南東部ケント州に位置する古都。既に有史以前から集落が形成されていた跡が発見されており、紀元後1世紀に古代ローマ帝国がカンタベリーに到着した時には町が存在していました。
古代ローマがブリタニア(ブリテン島)を追われると一時打ち捨てられますが、その後聖アウグスティヌスがカンタベリーを英国におけるキリスト教布教の拠点に据え、街は再び活気を取り戻します。
1130年には街のシンボルであるカンタベリー大聖堂が建設され、ヘンリー8世の離婚と教会分離事件以降はカンタベリー大聖堂の大主教が英国国教会の大主教を兼任するようになり、今日まで英国宗教の中心として君臨し続けます。中世には大聖堂巡礼も盛んになり、その過程で名著『カンタベリー物語』も誕生しました。
今日では大聖堂は世界遺産に登録され、ケントの古都として多くの旅人が訪れる人気観光地として賑わっています。

カンタベリーへの行き方、アクセス

ロンドンから電車で約1時間乗車し、カンタベリー西駅から徒歩約10分で旧市街に到着します。アクセスが良いので、ロンドンから日帰りで訪れる事もできます。

『カンタベリー物語』とは

カンタベリー物語の挿絵より

14世紀、イタリアの旅でボッカチオの『デカメロン』に影響を受けたと言われるジェフリー・チョーサーが綴った書。当時から巡礼地として賑わっていたカンタベリーを目指す身分も出身地も異なる巡礼者たちが「陣羽織屋(Tabard Inn)」という宿で同宿した際に、それぞれが順番に巡礼の道すがらに面白い話をするという形で『カンタベリー物語』は進んで行きます。寓話や騎士道、ロマンス等様々なジャンルの小話が連なり、英国文学の名作が生まれました。

カンタベリー大聖堂

カンタベリー大聖堂(撮影:ユーラシア旅行社)

1130年に建設され、以後何度か改修を重ねながら今日に至っています。建造直後にカンタベリーの大司教を務めていたトマス・ベケットの暗殺事件も起きました。中世のイギリスで列聖されたトマス・ベケットを詣でる旅は、徐々にポピュラーになり、カンタベリー巡礼が広がって行きます。当初ロマネスク様式で建てられた聖堂はゴシック式で再建され、その建築的特徴を保持しながらいくつかの増改築を経て今日に至っています。縦160m、横に55mにも及ぶスケールを持つ堂内の姿も壮観です。

カンタベリー大聖堂の後陣(撮影:ユーラシア旅行社)

トマス・ベケット暗殺事件
大聖堂が完成して間もない時期にカンタベリーの大司教に就いたトマス・ベケット(1118-1170)。就任後、当時の王ヘンリー2世との間に確執が生じ、身の危険を感じたトマス・ベケットは1164年にフランスのブルゴーニュに亡命します。そしてその後ヘンリー2世と和睦して1170年にカンタベリーに戻ります。しかし戻って早々に再びヘンリー2世と揉めたトマス・ベケットに対して刺客が放たれ、カンタベリー大聖堂内にて暗殺されます。暗殺された場所は今も残っており、殉教の印として剣が十字架に架かっています。

トマス・ベケットが暗殺された場所(撮影:ユーラシア旅行社)
旧トマス・ベケット廟の位置を示すろうそく(撮影:ユーラシア旅行社)

カンタベリーのその他のみどころ

カンタベリー大聖堂門

カンタベリー大聖堂門(撮影:ユーラシア旅行社)

市内中心部からカンタベリー大聖堂の敷地に入る箇所に建つ門。街並みの中にゴシック様式のファサードが現れ、大聖堂への道を指し示します。16世紀に築かれたこの門は左右の家と密着しており、その特異なファサードと周囲が鮮やかなコントラストを描いています。

織物工の家

織物工の家(撮影:ユーラシア旅行社)

カンタベリー中心部、ストウアー運河に面した場所に建つのが織物工の家です。美しい木組みが印象的なこの家は16世紀初頭に織物工たちが製作所として使った事に由来します。

ビーニーハウス

ビーニーハウス(撮影:ユーラシア旅行社)

市内中心部に位置するビーニーハウスは、19世紀建造。石造建築が並ぶ中で、半木造のテューダー建築としてその姿は目を引きます。現在は博物館、図書館として利用されています。

スタウアー川

スタウアー川(撮影:ユーラシア旅行社)

旧市街の北西側に分岐して流れるスタウアー川。川沿いには歴史的建造物も並び、クルーズの運航もあります。中心通りの橋から川沿いに並ぶ家並みも人気の撮影ポイントです。

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