グアルダとは
オーストリアのドナウ川へと続く、スイス南東部を流れるイン川。両岸にはアルプスの山並みのほか、澄んだ湖や牛が草を食む高原が広がります。イン川の北側一帯のエリアはウンターエンガディン地方と呼ばれ、サンモリッツのあるオーバーエンガディン地方と比べると旅行者の数も少なく、それ故に独自の文化を育んできた地域です。
そのなかでも、ひときわ美しい小さな村がグアルダ。標高1633mにある典型的なエンガディンの山村であるグアルダは、昔から牧畜が主な生業で、人口は約180人、住民の6割がロマンシュ語とドイツ語を母語とする人々です。
絵本作家のアロイス・カリジェが描いた童話「ウルスリのすず」の舞台として知られており、毎年3月にはこの童話に出てくる大きな鈴をもって子どもたちが村を練り歩く祭りが行われています。まるで野外博物館のように伝統的な家々が立ち並ぶ村には、絵本の世界に迷い込んだかのようなスイスの原風景が今もひっそりと残っています。
グアルダへの行き方、アクセス
スイス・チューリッヒ空港へは成田から直行便が運航しています。
グアルダへのアクセスはレーティッシュ鉄道がおすすめです。
各地からの所要時間は、クールからシュクオル・タラスプ行き直通列車で約1時間45分、サンモリッツからはサメダン乗換で約1時間10分。チューリッヒ方面からの場合はクールの手前にあるラントクアルトで乗り換えて、約1時間20分(チューリッヒ中央駅からは約2時間30分)。
車内放送でグアルダ駅の名前が流れたあとにSTOPのボタンを押さないと、通過してしまうことがあるので注意が必要です。
レーティッシュ鉄道のグアルダ駅は谷底にあり、村までは歩き(約30分)かポストバス(約10分)を利用できます。歩くと高低差200m程の坂道ですが、放牧地や花の咲く草原が続くので、村までのハイキングを楽しむには丁度良いコースです。
アロイス・カリジェ『ウルスリのすず』の舞台
1945年の出版以来、スイスの国民的絵本として人気のある『ウルスリのすず』。73年に日本語に翻訳されたため、スイスの物語とは知らずに読んだことがある人も多いかもしれません。
「ずっと遠く、高い山のおくに、みなさんのような男の子が住んでいます…」
このようなかたちで始まる『ウルスリのすず』は、小さなとんがり帽子を被った主人公の男の子ウルスリが、村の春を迎える祭りで先頭を歩くために、大きな鈴を捜しに出かけていく物語です。ここでいう鈴とは、牛が牛追いの行事・アルプ行列のときに飾りで着けるカウベルのこと。アロイス・カリジェ独特のイラストで彩られたグアルダの風景は温かみがあると同時に、実際の家の造りや祭りの様子を忠実に表現しています。これはカリジェがグアルダに数ヶ月滞在して人々の暮らしを観察し、特徴のある伝統家屋をスケッチしながら絵本の構想を練ったからです。
グアルダを訪れる際には、ぜひ『ウルスリのすず』を読んでから、絵本の世界に入り込んだ気持ちで村を歩きましょう。
また、2015年にサヴィアー・コラー監督によって映画化もされていますので、そちらも必見です。
素朴で牧歌的なグアルダを感じられるお土産として英語版の絵本を買い求める旅行者も多くいます。
グアルダの魅力3選
伝統の民家装飾スグラフィッティ
エンガディン地方の伝統的装飾画・スグラフィッティは、色の違う漆喰を何層か塗った壁の表面を、金属で搔きおとして線画を描く装飾方法のことです。どの建物の壁面にもこの装飾画が見られ、特に窓周りはそれぞれ特徴を持ち、同じデザインは無いほどいろいろな模様が見られます。抽象的な幾何学模様から花、格言や紋章までモチーフはさまざまです。
スグラフィッティはルネッサンス期にイタリアで流行し、1500年~1700年にエンガディン地方に定着しました。
1時間もあれば回りきれてしまう小さな村は、さながらスグラフィッティの美術館。窓辺に飾られた花も含めて、素朴な外観を演出しています。家によっては、生乾きの漆喰に水性の顔料で絵を描いていくフレスコの技法を用いた壁画も見られます。石畳が続くグアルダをゆっくりと散策しながら鑑賞しましょう。
のどかなハイキングコース
グアルダの村から隣のアルデッツ村に向けて、長閑で歩きやすいハイキングコースが延びています。
周りには牧草地が広がり、谷を走る列車を見下ろしながら、また谷を隔てて続く美しい山並みを眺めながらのんびり歩くことができます。途中にあるボス・チャの集落にも、美しいスグラフィッティや花が飾られた家並みが続きます。谷の集落はそれぞれに少しずつ異なった伝統や風習を持っているため、違いを探すのも楽しいですね。また道端にはお花で飾られた自然木を利用した水場やベンチも設置されていますので、疲れたら休憩をはさみましょう。約1時間で到着するアルデッツの村にも素敵な家並みが続きますので、村の散策をして、麓のアルデッツ駅から列車に乗ってグアルダへ戻るとよいでしょう。
3月1日のお祭りチャランダマルツ
ラテン語で chalandaは「月の最初の日」、marzは「3月」を意味します。ローマの暦では3月1日は年の初めなので、ローマの新年祭に起源があると考えられる春迎えの祭りです。
エンガディン地方の谷にある村や町では、この日早朝から鈴の音が響きます。祭りの主役は、「雌牛」と呼ばれる小学生の男の子達。青い農民の仕事着に赤いネッカチーフ、赤い毛糸の帽子、大小の鈴を肩にかけた男の子達が、年の順に一列に並びます。先頭の年長の子は一番大きな鈴をつけ、後ろに並ぶほど鈴は小さくなります。行列の指揮をとるのは、「牧夫」の役割をつとめる鞭や棒を持った年上の男の子です。「雌牛」たちは、「牧夫」の合図にあわせて鈴を響かせながら、村を練り歩き、あちこちにある共同井戸のまわりを回ります。行列は、村の家々を訪ね、鈴を鳴らし、ロマンシュ語で春迎えの歌を歌い、お菓子や心付けをもらうのです。ウルスリも祭りのあとに栗を食べていましたが、食べ物が少ないこの時期、子ども達は栗をもらうのを楽しみにしていました。
チャランダマルツの行列は牛追いの行事・アルプ行列を模したものです。
アルプスの山麓では、5月頃から9月頃まで、家畜は高地の放牧地で暮らします。初夏に村から高地にある山小屋へ家畜を追い上げるときと、初秋に村へ家畜を追いおろすときは、牛に飾りのカウベルを着けて晴れやかな行列を組んで移動させます。チャランダマルツでは、家畜の場所を知らせ、悪いものを退ける鈴の音を大きく鳴らすことで、長い冬を退けて暖かな春を迎えるという意味があります。