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ヌビア地方への入口、ナイル川の街アスワン(エジプト)

2022 4/25
目次

アスワンとは

アスワン(撮影:ユーラシア旅行社)

エジプトの首都カイロから南へ約860kmの砂漠地帯、スーダンとの国境に近いナイル川沿いにある都市です。古代エジプト時代は“上エジプト第一州”の州都であり、当時も国境の町でした。アスワンから南には、ヌビアと呼ばれる地域が広がります。ほとりを流れるナイル川には小さな中州が点在しており、カイロやルクソールで見るナイル川とは異なる表情をみせてくれています。町中には、アスワンを代表する古代遺跡イシス神殿や良質な花崗岩を産出した石切り場跡が残る一方、近代文明の産物であるアスワン・ロウダムとハイダムがあり、古代と近代が同居しています。

ヌビアとは?
エジプト南部からスーダン北部にまたがる地域と、その地に由来する人々。ギザにピラミッドが建設された時代(エジプト古王国時代)に、ヌビアにも王国が誕生していたとされています。以降、古代エジプトとヌビアは深い関係性をもち、エジプト第25王朝はヌビア人のクシュ王国により支配された歴史があります。集落は主にナイル渓谷沿いに集中していましたが、アスワン・ハイダムの建設により、人々は先祖代々の土地を離れて新たな土地に移住していきました。とはいえ、ヌビアの地は今でも彼らのアイデンティティであり続けています。

アスワンへの行き方、アクセス

首都カイロからの距離は、東京〜福岡間の距離に匹敵します。その為、飛行機での移動が一般的で、所要時間は約1時間30分です。アスワンはアブシンベルへの玄関口でもあり、利用客の多くが観光客である為、早朝便と夕刻便が主流。カイロからの日帰り観光も可能です。もうひとつのアクセス方法は、ナイル河クルーズ船。3泊4日の行程が主流で、ルクソールからナイル河を上ってアスワンに到着です。飛行機でアスワンに入り、アスワンからクルーズ船に乗ってナイル川を下るのもよいでしょう。なお、カイロ〜アスワン間の移動手段には列車もありますが、半日以上かかります。※航空機や船の運航スケジュールは、各社のホームページをご確認ください。

空港〜市街地間は約20km、車で30分程です。その範囲内にアスワンの見どころが点在しています。

アスワンのおすすめ観光スポット5選

イシス神殿

水没を免れたイシス神殿(撮影:ユーラシア旅行社)
イシス神殿へはボートで向かいます(撮影:ユーラシア旅行社)

イシス神殿は、アスワン・ロウダムの南に浮かぶフィラエ島にあります。その為、訪問手段は小さな船です。フィラエ島までは約10分。到着前には、船からイシス神殿が見えます。緑の植物が生い茂る自然の美しさと建物の調和は、古来より「ナイルの真珠」とうたわれました。その光景を、ぜひお見逃しのないように。

イシス神殿の列柱と塔門(撮影:ユーラシア旅行社)

島に上陸し、列柱の広間、2つの塔門を進みます。美しいレリーフが残っており、いつまでも見飽きることがありません。また、太陽光の当たり具合により、レリーフの表情が刻々と変わる様子が印象的です。神殿内には、列柱の間と至聖所。内部のレリーフも保存状態が良好で、イシス神を中心にオシリス神・ホルス神との関係性も描かれています。神殿はプトレマイオス朝時代〜ローマ支配時代に渡って増築されてきたものですが、島内には、それ以前の末期王朝時代より残る建物もあります。島内最古の建物とされ、こちらも必見です。なお、現在のフィラエ島、以前はアギルキア島という名前でした。その頃に存在した、元々のフィラエ島は、現在の島の南東部にあった別の島だったのです。しかし、アスワン・ロウダムとハイダムの建設により、島と神殿が水没の危機に。結果、神殿はそっくりそのまま、向きも配置も一切変えることなく、アギルキア島に移築されました。そして今は、フィラエ島と呼ばれているのです。こうして今も、イシス神殿を目にすることができます。

イシス神殿内部のレリーフ(撮影:ユーラシア旅行社)
ホルス神に授乳するイシス神のレリーフ(撮影:ユーラシア旅行社)※イシス神の顔は異教徒によって削られてしまっています。

イシス神殿は、6世紀頃にローマ帝国により閉鎖され、キリスト教会として再利用されました。神殿の壁面や柱などに教会時代の十字架が残っています。

神殿内の至る所に残っている十字(撮影:ユーラシア旅行社)

イシス神とは?                                       イシス神は、大地の神ゲブ(父)と、天空の神ヌト(母)から生まれた4神のうちの1神。豊穣の女神として信仰され、良妻賢母の象徴ともされました。古代エジプトが衰退したのちは、ギリシャ・ローマでもイシス神が広く崇拝されました。息子のホルス神とともに、兄であり夫でもあるオシリス神の復讐を果たす「オシリス神話」がよく知られています。

切りかけのオベリスクと石切場跡

切りかけのオベリスク(撮影:ユーラシア旅行社)

古代エジプトにおいて、多くの建物に用いられていた石材が、赤色花崗岩です。アスワンは古来より、良質な赤色花崗岩の産地として知られていました。その石切場跡を見学することができます。敷地内に入り、すこし坂を上って高い場所に行くと見えてくるのが、切りかけのオベリスク。切り出している最中に亀裂が見つかった為に作業が中断され、横たえられたままになっています。ハトシェプスト女王の命によるものであったという説が有力で、完成していれば、高さ約42m、重さ約1170トン、エジプト最大級のオベリスクになったのではないか?と考えられています。

アスワン・ハイダム

アスワン・ハイダム(撮影:ユーラシア旅行社)

ナイル川に建設された、高さ111m、堤頂長3.6kmのロックフィル式ダム。ナセル政権における一大事業で、1970年に完成しました。これにより、人造湖であるナセル湖が誕生しています。建設の主な目的は、ナイル川流域に起こる季節性氾濫の抑制、工業化に向けた電力確保、近代農業化の為の灌漑用水確保など。ダムの完成により目的は果たされた一方、気候変動、生態系の崩壊、農業や漁業への影響など、様々な懸念事項が生じているという一面もあります。堤防に立ち、そのダムの大きさだけでなく、影響力の大きさも感じてみてください。

ナセル湖とは?
アスワン・ハイダムの完成により誕生した人造湖。その面積は琵琶湖の約8倍、南北の長さは東京〜大阪間に匹敵します。ナイル川クルーズとあわせ、ナセル湖クルーズも人気で、航路によってはアブシンベル神殿を湖から遠望することができます。このアブシンベル神殿が、ナセル湖誕生により水没危機に見舞われ、ユネスコをはじめとする世界の援助により救済された話は有名です。しかしながら、救済されずに水没してしまった遺跡が数多くあることや、ここに暮らしていたヌビアの人々が先祖代々の土地を失ったことにも、思いを馳せたいものです。

ヌビア博物館

ヌビア人の伝統的な生活をマネキンで再現/ヌビア博物館
“Nubian museum (2007-05-643)” by Argenberg is licensed under CC BY 2.0
先史時代からイスラーム時代まで様々な展示品がある/ヌビア博物館
“Nubian museum (2007-05-643)” by Argenberg is licensed under CC BY 2.0

先史時代からの出土品を、時代順に見ることが出来る博物館。ユネスコの援助で建てられ、1997年に開館しました。見所は、アスワン・ハイダムの建設により水没してしまった数多くの遺跡紹介や、水没から救済された出土品など。また、ヌビアの人々の文化や生活を紹介しています。ヌビアの地、アスワンならではの展示品は必見です。

ファルーカでナイル河セーリング

伝統的な帆掛け船ファルーカ(撮影:ユーラシア旅行社)
ナイル河に沈む夕日(撮影:ユーラシア旅行社)

アスワンの町からナイル川を眺めていると、白い帆を張った帆船をたくさん見かけます。これが、ファルーカ。古代エジプト時代には、建材の石を運ぶのにも利用されたという伝統的な船です。今もエンジンを使わず、風の力だけで進むファルーカに乗れば、ナイルに包まれながら静かでゆったりとしたひとときを過ごせることでしょう。アスワン近郊はナイル川に中州が点在し、緑が多い景色が見所。周囲に高い建物がないので、日没に合わせて乗船すれば美しい夕日も楽しめます。日中の乗船時は日焼け対策を、夕刻の乗船時は防寒対策を、それぞれお忘れなく。

アスワンで宿泊したい、ソフィテル・レジェンド・オールド・カタラクト

ソフィテル・レジェンド・オールド・カタラクトの外観(撮影:ユーラシア旅行社)

ソフィテル・レジェンド・オールド・カタラクトは、ナイル川沿いのアスワン中心部に位置する5つ星ホテルです。1899年に、世界で最初に旅行代理店を設立した人物でもある英国人トーマス・クックによって建築されました。19世紀からの歴史ある旧館と、1961年に建てられたモダンな新館に分かれています。ロシア皇帝のニコライ2世や、ウィンストン・チャーチル元英国首相、マーガレット・サッチャー元英国首相、ダイアナ妃、ジミー・カーター元米大統領、ツタンカーメンの墓を発掘したハワード・カーターなど多くの著名人が宿泊しており、いくつかの客室には、滞在した著名人の名前が付けられています。

ロビー(撮影:ユーラシア旅行社)
部屋からナイル川を眺められる(一例)【撮影:ユーラシア旅行社】
ホテル内のレストラン「1902」(撮影:ユーラシア旅行社)

また、イギリス人の推理小説作家アガサ・クリスティは、「エルキュール・ポアロ」シリーズの一作『ナイルに死す(1937年)』を、このオールド・カタラクトにて執筆しました。映画版『ナイル殺人事件(1978年)』の撮影も一部このホテルで行われました。ちなみに、映画『ナイル殺人事件』は再び制作され、2022年2月に公開されます。

1101号室は「ウィンストン・チャーチル・スイート」(撮影:ユーラシア旅行社)
リビング/ウィンストン・チャーチル・スイート(撮影:ユーラシア旅行社)
ベッドルーム/ウィンストン・チャーチル・スイート(撮影:ユーラシア旅行社)
ナイル川が見えるテラス/ウィンストン・チャーチル・スイート(撮影:ユーラシア旅行社)
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