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エキゾチックな 魅惑溢れる” 神の国 ” マラケシュ(モロッコ)

2021 7/15
目次

マラケシュとは

夜はエキゾチックさが極まります(撮影:ユーラシア旅行社)

モロッコの古都、マラケシュはアトラス山脈の麓にある町で、標高は466m。1062年に遊牧民のベルベル人によるムラービト朝の首都となり町がつくられました。続くムワッヒド朝、16世紀のアサード朝の首都として交易・学問の中心となりました。マラケシュの地名は、ベルベル語で「神の国」を意味するといわれ、アラビア語以外の多くの言語での国名である「モロッコ」は、かつて都であったこの「マラケシュ」に由来しています。旧市街は、すべて赤土の日干し煉瓦で造られ、ナツメヤシやオリーブが町を囲っています。1985年、旧市街はユネスコの世界文化遺産に登録されています。

マラケシュへの行き方

モロッコ最大の都市であり空の玄関口カサブランカのムハンマド5世国際空港から約250㎞南に位置しています。移動手段は、飛行機、鉄道、バス等で行くことができます。カサブランカから国内線でマラケシュに行く場合は約40分。バスで移動する場合は、休憩なども含め約3時間半で到着します。

マラケシュ観光の必見スポット7選

ジャマ・エル・フナ広場

夜も賑わうエネルギッシュなジャマ・エル・フナ広場

町の中心にあり、市場、劇場、食堂街として人々から愛されているジャマ・エル・フナ広場は、ユネスコの無形文化遺産に登録されています。広場の名前は、アラビア語で「死人の集会場」という意。中世に公開処刑が行われ、罪人の首がさらされていたことが名前の由来。恐ろしい名前とは裏腹に、現在では大道芸や音楽の生演奏などが行われ、毎日大勢の人々が集まり、お祭りのような賑わいです。その賑わいは、昼から夜まで続き、夕方頃からの時間帯が最も活気があります。広場にたち並ぶ屋台には、名物のオレンジジュース、珍しいものだと山羊の頭やエスカルゴスープなども売られています。広場に面した場所にあるカフェ・グラシエのテラスから広場を一望しながらミントティーをゆっくり飲むのも格別です。

スーク

見るだけでも楽しいスーク(撮影:ユーラシア旅行社)

スークとは、アラブ世界の市場のこと。ここでは、地元名産のお土産が購入できます。ジャマ・エル・フナ広場がスークの入口。迷路のように複雑に入り組んでいるので、迷わないように注意が必要です。香辛料、革製品、衣類、ランプ、寄木細工、アクセサリーなどモロッコならではのものが、沢山並んでいます。スークで販売されているものは、一般的に定価が無く、同じものでも店ごとに値段が違います。購入する際は、ぜひ値段交渉をしましょう。ただ、現地の人ではない私たちは、貴重なアンティークなのか、ただ古くなってしまったものなのかも判断が難しいことがあります。気に入ったという気持ちを大切にして、少しの値段の違いはあまり気にしないことが楽しむコツです!

お気に入りのモロッコ雑貨を見つけましょう(撮影:ユーラシア旅行社)

クトゥビアの塔

町のシンボル、クトゥビアの塔とモスクの跡(撮影:ユーラシア旅行社)

マラケシュのシンボルであるクトゥビアの塔。美しいムーア様式の高さ77mのミナレットです。12世紀に建てられ、現在も礼拝の時間を知らせるアザーンを流しています。傍にあるモスクの跡は、メッカの方向に対しモスクの位置が正しくなかった為に破壊され、基礎のみが残されたといわれています。その後、12世紀、現在の南スペイン・アンダルシアまで領土を拡大した王ヤコブ・エル・マニスールによって、新たにモスクが建て直されました。クトゥビアは「本屋」を表す言葉からきたもので、モスクが大学の役割もあった為、周囲に本屋が多かったことから名づけられました。クトゥビアの塔の4面にはそれぞれ異なる装飾が施され、夜にはライトアップされます。首都ラバトの「ハッサンの塔」、セビリア(スペイン)の「ヒラルダの塔」とともに、ムーア式建築における『三兄弟の塔』といわれています。

バヒア宮殿

タイル装飾が美しい中庭(撮影:ユーラシア旅行社)

“モロッコのアルハンブラ宮殿”とも言われる美しいバヒア宮殿は、19世紀後半、アラウィー朝スルタンに仕えた宰相アフメド・ベン・ムーサが、オフィス兼住居として建てられました。敷地面積は9ヘクタール。広大な庭園に4人の妃と24人の側室の部屋があり、彩色された繊細な漆黒細工、アストラ杉の装飾天井、タイルモザイクなど贅を凝らして建設されました。バヒアという名前は、美しいまたは輝きという意味で、一番のお気に入りだった妃の名前をとったともいわれています。

繊細な装飾が施されているバヒア宮殿の内部(撮影:ユーラシア旅行社)

サアード朝の霊廟

マンスール王ら王族の墓がある12円柱の間

16世紀にマラケシュを首都として金、銅、砂糖等をヨーロッパに輸出して栄えたサアード朝(16世紀初頭~1659年)の王家のお墓で、サアード朝の全盛期を築いたアフメド・アル・マンスールなど13人の王、宮廷従者など約200人が埋葬されています。17世紀、アラウィー朝のムーレイ・イスマイール王がマラケシュの町を破壊した際、死者の祟りを恐れ霊廟は壊さず高い塀で囲った為、約200年間その存在を忘れ去られてしまうことになります。そして、1917年にフランス軍によって上空から発見されました。使用されている白い大理石はイタリア製で、当時物々交換をしていたモロッコの人々が同じ重量の砂糖と交換したといわれています。

屋外には従者たちの墓がある

マジョレル庭園

真っ青な建物が映えるマジョレル庭園

フランスからマラケシュへ移住してきた画家ジャック・マジョレルによって、1920年代に世界中の植物が集められ、つくられた庭園。彼は旅行家でもあり、庭園には竹やジャスミン、サボテンなど様々な植物が植えられました。マジョレルの死後、荒れ果ててしまいしたが、1970年代にデザイナーのイヴ・サンローランとパートナーのピエール・ベルジュが買い取り、改修しました。マジョレルらが感じたオリエントの魅力が表現されています。この庭園を愛したサンローランは度々訪れており、2008年6月11日マジョレル庭園に彼の遺灰がまかれました。

    

アグノウ門とコウノトリ

門の上にはコウノトリの巣/アグノウ門

マラケシュでは、幸せを運ぶと言われるコウノトリの姿をよく見かけます。日本のコウノトリとは異なり、赤いクチバシが特徴で、繁殖期になるとヨーロッパに移動する渡り鳥です。マラケシュの特に旧市街では至るところに巣があり、12世紀アルモハッド朝時代に建設され現存する門で最も古いアグノウ門の上にも巣が見られます。アグノウ門は、唯一石造りの門で、ベルベル人部族の名前が由来という説もあります。観光中に、縁起の良いコウノトリも探してみてください。

町中で見かけたコウノトリ

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