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歴史にその名を刻む古代都市エフェソス遺跡(トルコ)

2022 6/20
目次

エフェソスとは?

エフェソス遺跡のローマ道(撮影:ユーラシア旅行社)

アナトリア南東部、エーゲ海からも程近い所に位置するエフェソスは先史時代から集落の跡が見られ、紀元前10世紀頃から形成されたギリシャ都市のエフェソスは、それから千年以上、アナトリア随一の都市として大きく繁栄し続けます。古代世界の七不思議に数えられたアルテミスの大神殿が建ち、アントニウスとクレオパトラが短い幸せの時間を送り、パウロが布教に努め、聖母マリアが晩年を過ごしたと言われ、歴史エピソードにも事欠かないエフェソスは必見の都市遺跡です。

エフェソスの歴史

エフェソスに多い猫たちはその歴史を見据えるのか。(撮影:ユーラシア旅行社)

先史時代から集落が形成されていたエフェソス一帯には、紀元前16-14世紀頃にヒッタイトの都市が築かれたとされています。その後、紀元前10世紀頃にギリシャ人達が入植し、大きな植民都市を築き、それがローマの時代まで引き継がれ、数多くの巨大建造物や立派な都市インフラが整備されていきました。古代七不思議のひとつに数えられた巨大なアルテミス神殿、ローマ帝国の三大図書館の一つであったケルスス図書館、巨大な劇場などもこの時代に築かれました。当時はエーゲ海に面した港もあり、地中海有数の都市として大きく繫栄しました。

エフェソスはパウロが布教し、聖母マリアと使徒のヨハネが余生を送るなど、初期キリスト教の歴史にも重要な都市でした。ビザンチン(東ローマ帝国)時代に入ってからも引き続き重要都市としての地位を保ち続けましたが、7世紀以降イスラム教徒の攻撃が増すと、徐々に衰退し、やがて人々からも忘れ去られていきました。

エフェソスへの行き方、アクセス

ツアーを利用する場合は、バスを利用してトルコ西部の他のみどころと一緒に巡る事が出来ます。
個人で行く場合は、トルコ第三の都市イズミールからは鉄道で1時間強でエフェソス遺跡にほど近いセルチュク駅から向かいます。
また、ギリシャのエーゲ海クルーズのツアーでは、エフェソス近郊のクシャダス港に寄港し、エフェソス観光ツアーを利用する事ができます。

エフェソス遺跡のおすすめ観光スポット6選

ケルスス図書館

ケルスス図書館(撮影:ユーラシア旅行社)

図書館の名は、古代ローマ帝国の要人であったケルススの生前の功績を記念して息子であったアクイラが建てた事に因んでいます。古代ローマ帝国においてはアレキサンドリア、ペルガモンと並ぶ三大図書館の一つで蔵書は12000冊にも及んだと言われています。残念ながら三世紀の大火で建物も蔵書も燃えてしまったものの、見事なファサードは当時の偉容を今日に伝えています。

古代劇場

エフェソスの古代劇場(撮影:ユーラシア旅行社)

紀元前3世紀、入植したギリシャ人達が丘を背に建てた巨大古代劇場。その後ローマ帝国時代に入ると劇場はさらに拡大され、最大25000人もの観客を収容できました。外から見ても、内から見てもその巨大さには息を飲まずにはいられません。構造上、音響効果も大変よく、今でもコンサートが開催されます。

エフェソス古代劇場内部の眺め(撮影:ユーラシア旅行社)

ハドリアヌス神殿

ハドリアヌス神殿(撮影:ユーラシア旅行社)

五賢帝の一人、エフェソスも視察したハドリアヌスに捧げられた神殿跡。近年神殿そのものは別の場所にあるという説が有力ですが、目抜き通りでもあるクレテス通りに立つ美しい建築は旅人を魅了し続けます。

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ニケのレリーフ

ニケのレリーフ(撮影:ユーラシア旅行社)

ハドリアヌス神殿と同じくクレテス通りに面している勝利の女神ニケの彫刻。紀元後1-2世紀のオリジナル彫刻であり、別の建築から落ちていた物を台の上に並べ直したと言われています。

エフェソス考古学博物館

考古学博物館のアルテミス像(撮影:ユーラシア旅行社)

エフェソスがある小アジア地方では元より大地母神信仰が盛んで、ギリシャ人達がやってくる前からキュベレという地母神が信仰されていました。後にギリシャ人達がアルテミス信仰を持ち込むと、キュベレ信仰と混じって豊穣のシンボルとして像がいくつも彫られました。腹部にある多数の膨らみは従来乳房と考えられていましたが、近年は牡牛の睾丸であるという説も有力です。いずれの場合でも豊穣のシンボルである事には変わりありません。エフェソス考古学博物館では必見の像です。

アルテミス神殿

アルテミス神殿の跡地(撮影:ユーラシア旅行社)

古代世界の七不思議に数えられたエフェソスのアルテミス神殿は、街の中心から少し外れた場所に位置しています。紀元前6世紀に建てられたアルテミス神殿は何度か改築され、紀元前323年から建設された神殿は縦137m、幅69m、高さ18mにもおよび、内部に約130本もの大理石の柱が並んでいたそうです。下図は復元模型ですが、2300年前の世界において圧倒的な存在感を放っていた事が想像できます。紀元後3世紀以降にキリスト教が台頭すると、異教の神殿として軽視され、やがて朽ちていきました。

アルテミス神殿の復元模型(c)Zee Prime(CC BY-SA 3.0)

聖母マリアの家

聖母マリアの家(撮影:ユーラシア旅行社)

キリストが十字架に架けられた後、失意の内にエルサレムを去った聖母マリアが行きついた地が当時大都市であったエフェソスと言われています。そこで使徒ヨハネと10年以上、余生を過ごした後に息を引き取ったという話が残っており、聖母マリアの家も残っています。エフェソス中心部からは少し離れていますが、何人かの教皇も訪れて公式な聖地になっている為、訪れる人が後を絶ちません。面白いのは日本のおみくじのように願い事が書かれた紙がびっしりと壁面に結ばれています。

聖母マリアの家の壁を埋め尽くす願い事(撮影:ユーラシア旅行社)

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