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旧約聖書、ノアの方舟伝説のアララト山(トルコ、アルメニア)

2021 7/01
目次

アララト山とは

アルメニア側から望むアララト山(撮影:ユーラシア旅行社)
大アララト山(左・海抜5,137m)と小アララト山(右・3,925m)ト

トルコ東部、イランやアルメニア国境近くに位置するアララト山(海抜5,137m)。南東に小アララト山(3,925m)を従え、切り立った独立峰として古くから聖なる山として信仰されてきました。特に歴史的に同地域で生活して来たアルメニア人にとっては、日本人にとっての富士山と類似した信仰の対象になっています。

「人間の悪しき行いに怒りを覚えた神が大洪水を引き起こし、善良なノアとその家族、動物達だけが予め方舟に乗って水難を避けた・・・。」

旧約聖書「創世記」

旧約聖書のに描かれたノアの方舟の物語は広く知られていますが、その物語の世界と現実が交わる場所がアララト山である事はあまり知られていません。創世記では洪水後に水が引いてノアの方舟が流れ着いた場所がアララト山(脈)と綴られています。現在のアララト山の名前はこの聖書の記述に由来しています。

ノアの方舟がアララトに到着した場面のイメージ

アララト山への行き方、アクセス

トルコ側アララト山観光の基点となるドゥバヤズィットへは、イスタンブールからフライトがあるカルス、ヴァン、エルズルムから車で向かう形になります。所要時間は2~3時間です。トルコ東部はアクセス悪い観光地が多い為、ツアーの利用もお勧めします。
アルメニア側は、首都エレヴァン並びに近郊の名所からアララト山を眺める事が出来ます。

アララト山観光(トルコ側)

ドゥバヤズィット

ドゥバヤズイットから望むアララト山

イランにも近いトルコ最東部に位置するドゥバヤズィットは、海抜約1600mの高原に位置する小さな国境の街です。郊外の丘陵地帯からアララト山の姿を仰ぎ見る事が出来、ホテルもあるアララト山観光基点の街です。

ノアの方舟の跡

ノアの方舟の跡(撮影:ユーラシア旅行社)

アララト山の南側で発見された「ノアの方舟の跡」と呼ばれる遺構は、船の形をしている不自然な地形の事を指しています。複数回考古学的調査が行われましたが、確たる証拠は発見されておりません。下部の図は、特にノアの方舟だと熱心に信じていたアマチュア考古学者のロン・ワイアット氏の資料です。

ノアの方舟が現在の跡に至るまで(C)Wyatt Archaeological Research

アララト山観光(アルメニア側)

首都エレヴァン

紀元前よりアルメニア地域の中心都市として歴史を紡いできたエレヴァンは、今でもアルメニア共和国の首都として日々進化を続けています。南南西方向には、アルメニア民族のシンボルでもあるアララト山が聳えており、天気が良ければ小アララトも含めてその全容を眺める事ができます。

ホルヴィラップ修道院

ホルヴィラップ修道院とアララト山(撮影:ユーラシア旅行社)

アララト山を望む修道院。その歴史は4世紀にまで遡り、キリスト教の布教に勤めていた聖グレゴリウスが、13年もの間、教会の地下牢に捕われていた場所として知られています。最終的に、アルメニア王ティリダテス3世が、キリストの奇跡を体験し、301年にキリスト教がアルメニアの国教として定められました。

ホルヴィラップ修道院(撮影:ユーラシア旅行社)

ズヴァルトノツの古代遺跡

ズヴァルトノツの古代遺跡(撮影:ユーラシア旅行社)

エレヴァンの郊外に位置し、国際空港にも近いズヴァルトノツは世界遺産にも登録されている古代遺跡です。初期キリスト教がビザンチン帝国内で広がりを見せた7世紀頃に建造されました。こちらも遺跡越しに眺めるアララト山の姿が壮麗です。

野花が彩るアララト山麓

野花が彩るトルコ側アララト山近郊(撮影:ユーラシア旅行社)

アララト山の周囲に広がる丘陵地帯は自然がそのままの姿で残されており、特に5~7月頃にかけては、多種多様な野花がこの地を一斉に彩ります。

野花が彩るアルメニア側アララト山麓(撮影:ユーラシア旅行社)

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